6CA7(EL34)全段差動PP実験アンプ


左から JB 2A3、Super Sub改造機、一番右が本機

1.コンセプト

 Super Sub改造機(プッシュプル)、JB 2A3(シングル)とキットを製作してきて真空管アンプの素晴らしさを実感すると共に、さらに好みの音に近づくことができないか、色々な回路を試してみたいと考えることは当然の成り行きなのかもしれません。そこで出会ったのが 「情熱の真空管アンプ」の本に書いてある「全段差動プッシュプル・アンプ」でした。これはシングル・アンプとも、普通のプッシュプル・アンプとも、明らかに異なる回路であることに大変興味を持ちました(普通のプッシュプルと見かけは似ていますが、普通のプッシュプルは2つの信号回路の合成であるのに対して、全段差動プッシュプルは1つの平衡回路になっている)。
 そこでこれを何とか自作しようと、回路図などあれこれ考えているうちに、いくつか疑問点も浮かんできました。例えば、ウィリアムソン・アンプなどのように共通カソードで自己バイアス抵抗のパスコンが無いタイプも一種の差動回路ではないかとか、A級動作としても各管に非線形性(2次歪み)は残るから共通カソードの電流値を一定に縛るとどういう動作になるのか・・・などなど。これら諸々の疑問を実験して確かめることも目的の1つとしてアンプを製作することにしました。具体的には次のコンセプトで進めることにしました。

 (1) A級動作・差動プッシュプルを基本として、出力は5W以上を目標とする。
 (2) 出力段を、差動と自己バイアス、5極管の3極管接続とUL接続など、切換えて実験できるアンプとする。
 (3) 実験アンプゆえ、あまり高価な部品は使用しない。
 (4) 構造は私の好きな(Super Sub改造機で試した)スケルトンにする。



2.部品集めと設計

 「情熱の真空管アンプ」の本の「全段差動プッシュプル・ベーシック・アンプ」などを参考に回路を考えながら、主要部品の選定、購入を開始しました。まず真空管ですが、代表的な出力管の中では比較的安価で入手しやすく使いやすそう(?)な6CA7(EL34)を出力管とし、初段は6SL7GTとして、いつもお世話になっている「キッ ト屋」さんに発注しました。

 問題はトランス類ですが、東京に出たついでに秋葉原でトランス専門店を3軒ほどまわりましたが、この中の東栄変成器さんで安価で手頃なPP用出力トランスを見つけました。20W級のOPT-20Pで、UL接続用のSG端子もついています。10W級のOPT-10Pは「情熱の真空管アンプ」にも安価で性能の良いトランスとして紹介されていますが、これよりかなり大型で、タンゴやノグチの25W級トランスの半値程度です。カバーが無い剥き出しのトランスで、値段の差はこの辺にあるのかもしれませんが、私はカバーの有無などまったく頓着しませんので、即これに決めました(写真左上の2つ)。



 WORDでの図の描き方ですが、「グリッド」でグリッド線の間隔を例えば縦横とも1mmに設定し、縦横ともグリッド線を5本毎に表示させ、位置合わせを「グリッド線に合わせる」にすると、5mm間隔の方眼が表示され、図形は1mm単位で置くことができて便利です。


 電源トランスにも悩んでいたのですが、同じ東栄変成器さんで絶縁トランスのZT-1(写真中央の大きなトランス)を電源トランスに転用する方法を詳しく教えていただきました。これは容量が100VAありますから、計算上はAC240V400mA以上取れることになり、下手な電源トランスよりずっと大容量です。ただしもともと200〜240Vを100〜115Vとするためのトランスを逆に使うせいか、240V巻線からの出力電圧は実効値としては220V程度と見た方が良いようです。
 ヒーター用には、6CA7はヒーター電流が大きい(1本あたり1.5A)ので、6.3V 3Aのものを2個、6SL7GT用に6.3V1Aのものを1個購入しましたが、電源関係の4個のトランスを合わせても、タンゴなどの候補トランスより安上がりとなりました。

 主要部品が決まったので、家に帰って回路を練り直し、残りの部品を通販で発注すると共に、パソコンで構造設計を行いました。と言っても特別なCADソフトなど持っていませんので、WORDで5mmピッチのグリッド線(方眼)を表示させておき、この上に図形要素で部品を描いていきます(左の写真)。慣れると実体配線図もどきや回路図も比較的容易に描けます。構造設計がまとまってきたところで、必要となるアルミ板、アクリル板、その他の金具などを、近所のホームセンターで購入しました。
2005.5.18




3.製作開始

 製作はまず、アルミ板、アクリル板などの切断・穴あけから始めました。底板と前後パネルはアクリル板で、これらを接着し、前後のパネルに電源スイッチ、入力ピンジャック、スピーカー端子などを取付けます(左の写真の左側)。底板の上に乗る3枚のアルミ板・銅板には、トランス類、真空管ソケット、その他の主要部品を取付けます。

 次に各板部材ごとに配線を進めます。左下の写真が電源部を取付けた銅板です。トランスの磁束をさえぎることを考えて、ここはアルミ板ではなく銅 板としました(どのくらい効果があるかはわかりませんが)。板の上面に絶縁トランスとヒータートランス1個、そして電源回路の主要部分があり、下面にヒータートランス2個を配置してあります。

 下の写真が増幅回路を取付けたアルミ板です。大きいアルミ板(メインシャシ)に出力トランスを含む出力段まわりを取付け、小さいアルミ板(サブシャシ)に初段まわりをまとめてあります。出力管のグリッド抵抗やバイアスのバランスをとる可変抵抗も初段の負荷の一部となりますので、サブシャシ側に配置してあります。


 以上の各部材を組立てて、ほぼ真横から見たのが左の写真です。電源部が全体の後側(写真の左側)、増幅回路は前側(写真の右側)となります。こうすると出力トランスと電源トランスは、前後の最も離れた位置に置かれます。(写真では出力トランスが見にくいのですが、写真右側の一番下にあります。)

 増幅回路の出力段を取付けたメインシャシの上に、初段を取付けたサブシャシを載せるように配置してあります。メインシャシには6CA7が4本ありますが、これの前方(写真では右方)のメインシャシ下面に出力トランスがぶら下がります。そして出力トランスの真上あたりに、6SL7GT2本を取付けたサブシャシを載せています。こうすると、初段→出力管→出力トランス→NFBを介して初段のループが、最短距離で結ばれることになります。

 なおメインおよびサブのシャシの前側に、入力ボリュームを取付けたアクリルパネルを取付けてあります。これで天井と側面のアクリルカバーを除いて、一応完成です。





4.音出しと調整

 まず真空管をささずに各部の電圧をチェックした後、真空管をさしてCDプレーヤーとスピーカーをつないで音出しです。差動と自己バイアスの切換え、及び3極管接続とUL接続の切換えスイッチはメインシャシにありますが、どの組合わせに切換えても一応ちゃんと音が出たので、まずはひと安心です。バイアスのバランスを調整して、各組合わせの動作で出力段の状態を測定したところ下の表のようになりました(出力はプレート電流と負荷インピーダンスから単純計算した推定値です)。

差動増幅
自己バイアス

3 極管接続
UL 接続 3 極管接続
UL 接続
プ レート電圧(P-K間)
247V
247V
249V
249V
プ レート電流(1管当り)
39mA
39mA
36mA
36mA
バ イアス電圧(G-K間)
-19V
-19V
-20V
-20V
推 定出力
6.1W
6.1W
5.2W
5.2W


ここをクリックすると大きな回路図が表示されます。

 上の表で、差動増幅と自己バイアスで動作点が大きく変わらないように設計したつもりでしたが、若干差が出ました。それより意外だったのは、3極管接続とUL接続とで各部の電圧・電流に全くと言っていいほど差がないことでした。しかし音の印象はかなり違います。(これについては後ほど述べます。)

 回路図を左に示します。これは「情熱の真空管アンプ」の本の「6L6/EL34全段差動プッシュプル・ベーシック・アンプ」と主要部分はほとんど同じですが、主に次の2点を変更しています。

(1) 出力段を、差動増幅・3極管接続の他、自己バイアス(パスコンなし)やUL接続にも切換えられるようにして、それぞれの動作点を見直しました。

(2) 電源トランスの電圧が低めなので、電圧降下が少なく、かつリップルはなるべく増えないように電源回路を見直しました。

 この他に、負帰還量を変えられるようにしたり、バイアスのバランス回路を変更したりしています。



5.音の印象など・・・

 天井と側面を覆うカバーをアクリル板で作って完成です。耳には全く自信がないのですが、ちゃんとした測定装置も持っていないので、動作の違いによる音の違いについて印象をまとめてみます。
 まず差動増幅と自己バイアスの違いですが、正直言ってほとんど差が感じられません。負帰還を外し、さらに音量をかなり上げてもあまり差はありません。やはり共通カソードにすると(パスコン無しだと)差動増幅と似たような動作になるのでしょうか。是非とも詳しい測定をしてみたいところです。この件は、今後もう少し追求してみたいと思います(私の力量ではどこまで出来るかわかりませんが・・・)。ただし少なくとも動作点(プレート電流)をきちんとコントロールできる点で、定電流回路による差動増幅がアンプを設計・製作しやすくすることは確かなようです。
 一方、3極管接続とUL接続では明らかに音が違います。3極管接続ではしっとりとした落ち着きのある音ですが、UL接続では明るく力強い響きです。UL接続の方が低音域も高音域も伸びている感じがしますが、大音量とした時の歪みは若干多いかもしれません。と言っても不快なほどではなく、ソースやその日の気分によって使い分けると面白そうです。現在のメイン機器であるJB 2A3と比べると、本機の3極管接続では迫力の点で多少物足りない感じ、UL接続では JB 2A3より低音がしっかりして低音楽器の存在がきちんとわかりますが、大音量では歪みが多少多めといった感じです。

 とりあえず満足のいく出来となりましたが、欠点もいくつか浮かび上がりました。ひとつは6CA7(EL34)の能力を使い切っていない点(現状で約 10Wのプレート損失ですが、6CA7の能力としては25W以上ある筈です)、またこれとも関連しますが、Ep-Ip特性をよく見ると必ずしも線形性の良い 部分を使っているとは言い切れない点などです。これらを踏まえて、本機の改造計画を練り始めました。
2005.6.14


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